気が気でなければなんなのさ

揉んでも硬くなるばかりでどうにもならぬことだってあるのだ

分解する・メイクマネー

 家の前の道路は大きい割に全然車が通らなくて、たまに超ゆっくり豆腐屋のトラックが通っていく。ぱー、ぷー、豆腐屋です。

 夕焼けと一緒に背景の効果音としてなんとなく使われがちな音、最近、というかうちの近所を徘徊してるやつの場合はラッパを吹くんじゃなくて豆腐屋のトラックに積まれたスピーカーから流れていて、近くで聞くとなんやけっこう音がでかいし耳にしんどい帯域がでていることがわかって、でもサンルームが暖かいからずっとそこで本読んだりブログ書いたりして、豆腐屋のトラックがゆっくりどっかに行くのを待つ。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。ぱー、ぷー。

 おとなりのお爺ちゃんがドエラい長い時間かけて買い物していた。

 フェノメナルという音楽を中心に色々な記事を取り扱ってるサイトの、いつだったかも読んだ、「トーフビーツが神戸大学の講義に呼ばれた」というお話を読み返した。トーフビーツのコラムだったりインタビューだったりは面白くて毎回チェックしているし、できることなら今回の話も聞きたかったなと思うというか神戸大学経営学部って高校時代の知り合いがおるやんけと思ったら本当にそいつっぽい奴が写真に映っていた。これ秘密な。

 「あんたは何がしたいねん」というお話で、つまり音楽を作ることと演奏することとプロデュースすることと売ることとそれを同人でやることと職業のためにやることと、というか単純に音楽のジャンルだけ考えてもたくさんあるし、それらはぜんぶ違う行為なんだよなやっぱり、というちょっと考えてみれば当たり前のことをやっぱりもう一回確認しておかないといけないっぽい。「クズの本懐」は今日放送分に追いついたけど、主人公のライバル役に皆川茜先生というハイパークソ女が登場している。

 クソ女というのは相手の都合を顧みず自分勝手に動くからクソ女なんだけど、自分勝手ということはつまりやりたいようにやっているということであり、「やりたいことが判然としている」という点を評価しないといけない。「恋愛」の因数分解。ひとを好く、好かれる、好きであることを伝える、伝えられる、物理的接触を試みる、物理的接触を試みたい対象として見られる、性欲と独占欲と承認欲求と嗜虐心エトセトラエトセトラ、ぜんぶ違うということを皆川先生はそれがわかっていて、じゃああたしはこれとこれが欲しいです、というのを絞って割り切って目標達成に一目散。利害関係で利になると思えばどんどん寄っていくわけです。


tofubeats(トーフビーツ)- STAKEHOLDER

君と利害関係したい。

 わかってるけどムズいのは、「あんたは何がしたいねん」を自分に問うことで、考えれば考えるほどわからなくなってくる。「これするのが好き」はあるけど「これしてお金稼ぐ」ことをわたし本当に好きになれるかしら。ぐるぐるぐるぐる考えすぎてしまうクセのあるわたしは「そんなんやってみーひんとわからんやんか」ということを言われがちである。せやけどな。

 こっちは反転した考え方のほうだけど、お金ないと死ぬし。キャッシュルールエヴィシンアランミー、クリーム!これはこれで重要なテーマというか、切迫感はこっちのほうが高い。

 如何せん自力でお金を稼いだ経験というのがほッとんどなくて、そのちょびっとの経験で赤の他人からお金を受け取る時特有の責任の重苦しさとかそういうのに結構やられちゃってるんだけど、なにはともあれそこから慣れていかないといけない気がしてて。2000字弱使って何を前置きしているのかと言えば、じゃあアフィリエイトとかいう横道からセコセコお金稼ぐ方法を一度試してみましょうか、ということなのでした。

卒業した

 本当は3月1日に始めようと思っていたけど、よく考えたら3月1日のことは3月1日が終わってしか書けないのだった。ほんで朝からNHK教育を眺めたり録りためてたアニメ「クズの本懐」を観て「セックスやな〜」と思ったり雑な昼飯を食べたりして今に至るというかそういうありさま。

 最初のエントリがわたしの話でなくて恐縮だけど、卒業した。

 たぶん全国的に公立高校の卒業式の日であっただろう3月1日に、その日を境に女子高生の肩書を失った人々のご多分に漏れず1998年生まれのうちの妹はおそらくその日まで一ヶ月近く御無沙汰だった高校に向かい、曰く「なんだかんだやたら感動的であった」らしい卒業式を終えたりその後彼女の友達とプリクラを撮ったりしてから家に帰ってきた。わたしと違って妹は目がぱっちり大きいのでプリクラで目を拡大されるとほんとうにお化けみたいになってウケる。

  おそらくこれを書くとバレる人にはバレる気がする、妹の高校はわたしの出身県内トップクラスの人気校だった。進学校でなく人気校で、つまり厳しすぎずゆるすぎない校風、帰りに遊べるところのある(田舎ではこれは貴重なことだ)立地の良さ、真ん中よりちょっと上、くらいのホドホドの偏差値。良くも悪くも、というより、どちらかと言えばいい「普通」が取りそろえてあり、高校なんて普通にしていれば卒業できるものだから(...そうじゃない人も若干名知っている)、そういった具合で「どこにでもいる普通の女子高生」だった妹は、普通に「どこにでもいる普通の女子高生」から脱出した。

 普…あまねく

 通…とおる、いきわたる

 「毎日同じ部屋に、同じ時間に、同じ人たちが集合する」のってハタから観るとけっこう奇妙に見える気がするけど、「日々の繰り返し」と「みんながやっているから」という膨大なサンプル数の中に普く通きわたる共通項を見出している彼らにとってそれはめちゃめちゃ強固に踏み固められた「普通の日々」で、ところがそれにはタイムリミットがあって、ニンゲンは空を飛べないから蹴り出される前にどうにか次に着地できそうな「普通」を見つけておかないといけない。うちの妹はまだ次の着地点を確定できてなくて未だに過去問題集と格闘してる。卒業式から新学期までのあのふわふわ感は本当に宙を飛んでいたからだなたぶん、とわたしも数年前をおもいかえすものだったけど当時のわたしはパンクだったので卒業式をサボったのでした。

 

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▲彼女は卒業せずに留年し続けるので普通に安定感があるけど、そもそも高校生が留年するのって普通じゃなくないですか

 

 もう物心付くまえからの友達がわたしには二人いて、同い年なんだけどいろいろあって学年がひとつ下ともうひとつ下になっててわたしが一番先輩になってしまって、でも「いろいろ」の中味がふたりともなかなか普通ではできないオモシロイ経験なもんだから人はホントに年食うだけじゃエラくなれんのだなという気もちだけれど、そうこうしているうちにいちばんエラくないわたしにつぎの普通を見つけておかないといけないタイミングがやってきたっぽいぞ、という様子です、3月1日。