気が気でなければなんなのさ

揉んでも硬くなるばかりでどうにもならぬことだってあるのだ

日記180805

「布団を干して人生をはじめよう」が最近の朝のキーワードになっている。朝というのはわたしが起きた時刻のことを言い、決して午前中の特定の時間を指さない。毎日日が沈む頃に布団を取り込み、おひさまの匂いに包まれるのは幸せなことである。この匂いは雨の日や夜にコインランドリーの乾燥機を回しても得ることができる。きもちが辛くなればやるとよい。わたしたちが普段太陽だと思っていたのはただのぬくぬくの風と布によって得られるものであったと気づくことができよう。

昨晩は久しぶりに渋谷にお酒を飲みに行った。土曜日の夜の渋谷ほどなんだか欲望と暴力のにおいが立ち込めている場所はない。嘘である。世界を探せばもっとそういう場所はあるだろうし、渋谷の場合はもっとゴミゴミとした匂いの方が強い。いったい渋谷区はあのスクランブルばかりを指すものではなく、安倍晋三の家だって渋谷にあるという。確かK DUB SHINEの生まれや育ちもその近くだったはずである。もっぱらビールを飲ませるその店ではわれわれが普段「とりあえず」でたのんでしまうそれこれとは一風違った味のものが供される。故に当たり外れはおおきく、だいたい当たりを引く確率は8割程度であるのだが、珍しく2割のハズレを引いた。酸味の効いたシードルからは病院の匂いがした。

映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観た。始終雪が降っていたり曇っていたりたいへんイギリスらしい空気のある映画だったが「そもそもマンチェスターに海はあったかいな…?」とおもっているとこれはアメリカのマンチェスターであるらしかった。どおりで皆訛っていないはずである。なおイギリスにもボストンは存在する。「人間、生きておるな〜」という内容の映画であった。昨年の、生きていくにはあまりにも多くのものを食いつぶしてしまうわたしの身体を思い出したりした。もしくは先日の訃報。

テレビが家にないので良くわからないが、東京医大のニュースが連日のように目に入ってくる騒ぎになっている。邪悪なことであると思う反面、似たような立場に立たされたことがあり、それがなければ路頭に迷っていたことを思い出している。