気が気でなければなんなのさ

揉んでも硬くなるばかりでどうにもならぬことだってあるのだ

日記180806

8月6日である。広島には少し住んだことがあるし小学校の時に修学旅行で行ったこともある。平和学習と称して「はだしのゲン」を見せられて具合が悪くなった記憶がある。真夏のじりじりと焼くような日差しが照りつける外と打って変わって原爆資料館の中は薄暗くひんやりしており、8時15分で止まった時計は「旧いものはやがて全て茶色になっていく」という印象を強く与えたのを覚えている。なお今日は母の誕生日である。戦争の記憶

もそれなりに残っている60年代に生まれた母は小さい頃、誕生日を祝われても素直に喜んで良いものだかわからなかった、という話をしていた。仕方がないとはいえ、切ないお話である。

3時台に目が覚めるなどもう慣れっこである。1時間半しか寝ていなかったがこの時間におきるとたいへん爽やかな気分になるので(どうせ昼頃には大変な睡魔が襲ってくるとわかりつつ)何か活動してみようと思って、今日は映画を見た。50年代のフランスを舞台にタイピング世界選手権を目指して田舎の女が奮闘していた。エンタメ色がもう面白いほど前面に出ておりどうせハッピーエンドが待っているのは分かっているのにちゃんと人間はヒヤヒヤするのでフシギな生き物であるなと思うものだ。

日が昇って暑くなりすぎないうちにシャワーと洗濯と買い出しをすませたので調子がよかった。インスタントの味噌汁とレタスを買った。なんとなくものを食えている気分になれるので味噌汁は優秀だし、レタスはひと玉買うと結構でかく、2リットル入りのタッパーを沢山にしてもなお丼2杯分のサラダにする量が余った。食物繊維たっぷりで腹持ちも良いので素晴らしい。

お腹の調子が良くない理由はどうも炭水化物ばっかり食っているかららしいということが実家の生活で分かったので、朝御飯の前までに8時間開けるようにした。腹が減っているのがだんだんケンコウというかカイカンっぽくなってきておりフシギな気持ちである。こんなことをしているから一向に体重が増えないのではないかという意見はひとまず脇において、まずは身体を快適にすることから始めねば世界のクソUIが改善されない。ひとまずこの生活を続けてみることにした。あと狂ったように角質を取ることを続けてみる。

ふと思い立ち実際にスタジオの個人練習にでも入ってドラムセットを触ってみようと思ったが、流石に自前のスティックばかりは揃えねばならないらしく、予約の電話をするには至っていない。こんど出かける際にでも楽器屋をのぞいて見ねばならない。

日記180805

「布団を干して人生をはじめよう」が最近の朝のキーワードになっている。朝というのはわたしが起きた時刻のことを言い、決して午前中の特定の時間を指さない。毎日日が沈む頃に布団を取り込み、おひさまの匂いに包まれるのは幸せなことである。この匂いは雨の日や夜にコインランドリーの乾燥機を回しても得ることができる。きもちが辛くなればやるとよい。わたしたちが普段太陽だと思っていたのはただのぬくぬくの風と布によって得られるものであったと気づくことができよう。

昨晩は久しぶりに渋谷にお酒を飲みに行った。土曜日の夜の渋谷ほどなんだか欲望と暴力のにおいが立ち込めている場所はない。嘘である。世界を探せばもっとそういう場所はあるだろうし、渋谷の場合はもっとゴミゴミとした匂いの方が強い。いったい渋谷区はあのスクランブルばかりを指すものではなく、安倍晋三の家だって渋谷にあるという。確かK DUB SHINEの生まれや育ちもその近くだったはずである。もっぱらビールを飲ませるその店ではわれわれが普段「とりあえず」でたのんでしまうそれこれとは一風違った味のものが供される。故に当たり外れはおおきく、だいたい当たりを引く確率は8割程度であるのだが、珍しく2割のハズレを引いた。酸味の効いたシードルからは病院の匂いがした。

映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観た。始終雪が降っていたり曇っていたりたいへんイギリスらしい空気のある映画だったが「そもそもマンチェスターに海はあったかいな…?」とおもっているとこれはアメリカのマンチェスターであるらしかった。どおりで皆訛っていないはずである。なおイギリスにもボストンは存在する。「人間、生きておるな〜」という内容の映画であった。昨年の、生きていくにはあまりにも多くのものを食いつぶしてしまうわたしの身体を思い出したりした。もしくは先日の訃報。

テレビが家にないので良くわからないが、東京医大のニュースが連日のように目に入ってくる騒ぎになっている。邪悪なことであると思う反面、似たような立場に立たされたことがあり、それがなければ路頭に迷っていたことを思い出している。

日記180804

連日猛暑が続いて日が沈むまでコンビニまで歩く気すら起きないが、そういった暮らしをしていると段々と昼と夜がひっくり返ってきてしまい、目を覚ましたのは太陽が南中した後になる。体感温度を下げるにはエアコンの温度よりも風量をあげた方がいいということをNHKのラジオで聞いたので実施したところ、やかましくて眠れそうもなくなったため、夜は静音モードにすると良いことに気づいた。ところで暑いと洗濯が大変楽ちんだし、布団を虫干しすることだってできるのでそこだけは素晴らしいと思う。紫外線赤外線、核の炎にほどよく焼かれたお布団はカラッと乾いていて太陽の匂いがする。なおこれはダニの死骸の匂いだと思っていたが、どうやら人間の皮脂などが太陽によって蒸発するときの匂いであるらしい、どちらにしてもあんまり綺麗なものではないが、干したばかりの布団に寝転がるのは心地いいので、刷り込みで「いい匂い」ということになっているのだと思う。

環境を変えるとそれまで気づかなかったノイズに気づくことがあり、東京に帰ってきて家のスピーカーの電源を入れると丁度50Hzぴったりのハムノイズが薄っすら鳴ることが判明した。しばらく点けておくと音は収まった。たぶん慣れたのではなく実際に音が無視できるレベルまで小さくなったはずである。原因の究明に努めている。

iPhoneが6以降丸っこい形になってから大きく形状を変えていないので気づかなかったが、もう前回機種変更をしてから3年は経つのでしっかり旧式化しているらしい。Twitter AppではモーメントからRTしようとすると落ちるし(でもこれは多分バグだ)、マクドナルドのでクーポンを表示しようとアプリを起動しようとしたところ何度もクラッシュするので泣く泣く諦めて安い朝食用のマフィンにした。家では起動していたので陰謀論が脳裏を掠めたりもした。帰りに商店街の看板をぼんやり見つめていると「営団地下鉄 最寄駅前」と書いてあった。この看板ももしかしたら2020年に向けて改修されてしまうかもしれない。早くも来年に向けてホームの工事が進んでいる。

Spitfire LABSのSoft Pianoという音源を友人に教えてもらったのでやっとMIDIキーボードで試すことができた。基本的には素晴らしくノイズの乗りまくったピアノの音がするが、音量の制御が難しく、それと単純に実家の上等な電子ピアノと鍵盤のつくりが違うので慣れるのに手間取った。実用に向けて練習中である。

お土産を渡すために人と話した。口頭でも文字を通しての会話でもコミュニケーションには齟齬がつきものであると思った。認知の歪み、それなりに人とコンフリクトを起こさないと気づくことができないので苦しいと思う。被害妄想、加害妄想。修正点が見つかるのは進歩の印としてあまり後ろ向きには捉えていないが、それまでに発生した損失を考えるとやっぱり明るい気持ちにはならない。

Bluetoothで動くキーボードを購入し怠惰を極めている、これがあれば重たいPCを持たずともiPadや、場合によってはiPhoneで出先でもばちばちものが書けるというスグレモノではあるのだが、いかんせんあまりにも外が外出に向かないので結局家で使っている。デバイス本体から離れたところにキーボードが置けるのがだいぶ便利であり、DTM作業時に手元がMIDI鍵盤で埋まってしまいPC操作が億劫だ、という点が解消されたのも思わぬ収穫である。ええ机を買えという話かもしれんが、2000円で全部ことが住んだのならそれでええやんとも思う。

狂ったように角質を取り始めたら調子が良くなったので続けている。ファレルウィリアムズ曰くめっちゃ角質を取りめっちゃ水を飲むのが美肌の秘訣であるそうである。

5年ほどあっていない人間の訃報を聞いた。互いに顔を知っている人間が死ぬのはこれで3人目である。

日記180803

東京に戻ってきたが阿呆のように暑い。

誰も見ていないブログを放置したがためにほとんど死人のようにお思いの方も多いと思うが、そんなことをお思いの方はハナから存在していないため、実際のところは死人同然である。

就活奮闘記にするつもりが心を根元からポッキリ行かれたので本当に自殺したんじゃなかろうかと思われかねないこのブログの主はなんと1年1ヶ月ものあれやこれやをやった末にどうにか生きているというか、なんであればそこそこ丈夫な状態にまでなっている。「そこそこの企業への内定」というあんまりにも、ちょっとどうしようもないくらい普通の結果にまでことを収めた理由を何かしら書くことができれば良かったのだが、これがまったく不明であり、不明であるものは「不明である」というのが最も最適の書き方である以上有益な情報はどうも残せそうにはなく、残念である。有益なものが残らず念ばかりが残ったが、無念ともいうのでもう何にも残っていないのかもしれない。わたしはすっかり腑抜けになってしまった。強いて言えば「浪人生が4月の模試でやたら上位になる」みたいなものだが、それはなんというかあんまりである。コストが高すぎる。

 

インストール

 綿矢りさのインストールはまあ結構好きだけど、また別の話。

 どん詰まりの就活をしばらく続けてきたけれど、ついにひとを頼ることを少しずつ覚え始めて、それが良かったのか少し風向きが変わってきたというか、どん詰まりっぷりから少しだけ光が差したような気もちになってきている、またそれによっていままでとは別のジャンルの苦しみが発生しており、それはそれで苦しい。

 簡単に言えば、就活のプロとでも言うべきお方に「面接の攻略法」をインストールされた、ということである。大きく分けてふたつ、片方はあまり難しい話ではなく、というか普通に「それは前提として飛ばしても良くないですか」、ということでもあったことで(飛ばしてはいけなかったわけですね)、もうひとつは「いやーその考え方はちょっと苦手です、わたしにはちょっと嘘をつかないとできないな」ということである。要するに嫌いな考え方であり、性に合わないものであり、まあ自分の中で割り切れ、というお話ではあるもののそういう発言をするにあたっては些か苦痛を伴います、というものである。

 まさかなりたい自分になるために、一番なりたくないものにならざるを得ないとは!

 最近わかってきたことのひとつに「どうやら割り切りと開き直りのロジックを構築するのは早いが、それの実施に非常に体力と精神力を使うためやすやすと出来ず、うだうだしてしまいがちらしい」ということがあり、まあ時期も時期なのでそろそろ腹を決めざるを得なくなってきてしまったというか、様々に布石を打った後に最初で最後のチャンスが来てしまったというか、そういえば今年の初詣のおみくじにも「仕事運:時間はかかるが成し遂げる」とあったし、最近はスーツで外に出てもひどい気もちを起こさない程度の気温が続いていてありがたく、天の神様もそろそろ味方についたらしいぞ、それにこうして時間をかけないとこういったことができないのはそれはそれでなんだかわたしらしいじゃないか、と思うなどしている。このくらいのほうが少しドラマチックでもあるし。

 悪癖を矯正するにあたっては大変な苦しみがついて回るものであるなあ、とあらためて実感する次第である。

 しかし悪癖、多くの場合において鎮痛剤として優秀なのだ。大変な苦しみがついて回るというのもモルヒネをキメすぎてだるだるになっていたところを無理やり更生施設に入れられたようなものであるので当然であり、というかどちらかと言うとシャブを突っ込んで無理やり動いている状態なのでこのままでは確実に色々ぶっ壊れるというかうつ病になること必至であるので、本当に一時的なものとして終わったら即アンインストールせにゃならんなと思っている次第である。インストールされたウイルスに反応して頭の中のノートン先生が先程からやかましく、最近はずっと用事がない時は絵を描いたり楽器を弾いて歌ったり人とLINEしたりしてCPUを無理やり食わせている。ピアノうまくなると良いけど。

 コレで無理だったらまあ母親が先日送ってくれた手紙にもあるとおり「人間できることとできないことがある」ということなのかなともおもう。わたしはコレを読んで久しぶりに少し涙を流したものである。

 最近一番良かったのは適当に思い立ったタイミングで高円寺にあるシーシャ屋に自転車を飛ばしたことです。薄暗めの照明に内心文句をつけながら本を開いてこぽりこぽりとやるのが楽しかった。今度は少しだけお酒持って誰か一緒に行きましょう。

喰いモノの話をしない

喰いました。年を。

 手に職つけることを「ナントカで喰っていく」という言い方をするように、エネルギー保存則にギチギチに縛られているわたしたちはどうにかモノを喰って肚をふくらかしていかねばさもなければ死ぬ。いや、どうやら世の中には肚の中に飼っている細菌にエネルギーを発生させ本人は仙人が如く霞を喰って生きている強者もいるようであるが、現代社会に絶賛飼い殺されてありとあらゆる化学物質添加物その他もろもろが染み付いている俗世の人々には到底できる真似ではなく、なんなら小学生の時分よりいくら喰ってもBMIがいっこうに「痩せ気味〜痩せすぎ」の域を出ないわたしは幾分燃費が悪いとさえ言える。困ったことである。何より困ったことはどうしても、食べることも飲むことも嫌いと言えば嘘になることである。日頃から死にたい死にたいと言っていても空腹で死にそうな時にほかほかの白飯が、温かいお豆腐の味噌汁が、いやコンビニのおにぎりが、カロリーメイトが、金平糖でさえも食べ物と認めれば己が腹中に収めんと欲するだろう。なぜかと言えば死にたくないからではなく、つらいおもいをしたくないからである。

 つらいおもいを依然としてし続けている。

 小林大吾も「余程待ったと言わにゃなるまいよ時間ばっか喰って腹も膨れねえ」と「あとがきにかえて」で言っていたし、なんなら喰えば喰うだけ腹は減るばかりである。相も変わらず何で喰っていくかの目処も立たぬ儘去年の誕生日から1年が経って年を喰ったがやっぱり腹は減る一方で大弱りである。書類で落ち面接で落ちテストで落ち、グループディスカッションとプレゼンテーション付きの面接を通ったと思えば最終面接で落ちた時が一番弱り、次の日は半日は布団から動けずもう半日は現実逃避に只管打ち込む羽目になった。就活していれば書くべきエピソードはいくつでも転がっているだろうと思ってブログをはじめてみたが(もう四ヶ月も経っているぞこの阿呆)まさか精神が弱るとモノを書くどころか読むのも儘ならないようになるというのは誤算であった。

 世間では大学生の内定率が8割に迫っているという。内定どころか卒業もいささか心配になってくる状況だが、はたして。

祈り

 祈られました。

 メールが来た時は思ったよりショックじゃなかったし、初めての面接だったしこんなもんかなーとか思ったりなんかして、就活は死に覚えゲーなんてのもいうし、まあ明日から連休も始まるし気もち切り替えて曲でも作ろうとおもって、その前に昼食の買い出しに行って帰ってきたらどっと疲れて横になって太陽が沈んだ。晩には鯖の塩焼きを食べたのでワンルームが魚の匂い。

 杉並区の端っこ、あちらに歩けば世田谷区、もう少しいけば渋谷区。反対に歩けば中野区。最寄りのコンビニに行く途中にできたばかりのマンションがあって小綺麗、毎日のように引越し屋のトラックが停まっている。きっと家族を連れて東京23区内にやってきたのだ。お父さんお母さんと手を繋いだ子ども、幸せな都会の家族像。きっと5月の連休には電車に乗って井の頭公園や新宿御苑で緑と触れ合ったり、上野の博物館や科学館に行ったり、遠出して富士登山なんてこともあるだろう。

 「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」という「ゼクシィ」の見事なコピーがついにでてきたように、わたしは結婚だとか家庭だとかそういうものをあんまり有難がる性格ではないな、ということを高校生の時ぶりに会う友人が就活を終えて「早く結婚してぇ〜」と言っていたのを聞いておもった(しかしゼクシィはあの憎きリクルートの発行物である、決して許してはならない)。子どもができることに関してはむしろ否定的というか大いに恐怖、忌避していると言ってもいい。どうにも現世を生きるというのは喜ばしいことではないように思えるな、というのがここ20年余りの様子を見てきての感想であり、他人の比較的過激な言葉を借りて言えば、「存在させること、虐待なのでは?」である。わたしはなんだかんだでこの言い方を気に入っている、おおいに。

 課題。

 他人の前に自分の心配をしなくてはならない。わたしが落とされた一次面接では一般的にその人の印象とか、まともなコミュニケーション能力があるかどうか、といったようなことが見られるという。皆までは言わないが、しかし面接で、スーツで背筋を伸ばして座って、初めて話す大人と向き合うというある種の極限状態で果たして印象とかコミュニケーション能力といったものをちゃんと取り繕えるかといえばこれは至難の業であるような気がする。死んだ、覚えた、じゃあ次どうしよう。

 今日はプレミアムフライデーというのであるらしく、わたしもあしたから一週間あまり暇になるが学生最後の5月の連休に全く予定がない。無理矢理にでも起きて映画を見るなりブックオフに行くなりした方がいいだろうか、そんな気力は起きてくれるだろうか。飯を炊くギリギリまで食器を洗わないのはいつものことだが、相変わらず昼前まで寝る癖は治らないし、曲はできないし、去年のこの時期より明らかに思考が鈍くなって考えることの面白みが減っているのが考えものであるなと思っている。SNSでは皆大きな音で音楽を聴いたり美味しいものを食べたりしていて楽しそうである。実際楽しいのだとおもう。

 まあぼちぼちやります。